季節は夏。
梅雨がようやく明け、あたりをからっとした空気がつつむ。
蝉の鳴き声は止むことを知らず、暑さをいっそう駆り立てた。
そんな真夏の朝、10時ごろ、一人の男子高校生がゆっくり登校していた。
その学生は色白で、すらりとした長身。真っ黒い髪をオールバックにしている。
しかも顔に白い仮面を付けており、
夏だというのに長袖のブレザーを羽織っている上、
そで口には金色のカウスボタン、
胸元には薔薇の形をしたシルバーのブローチが光っている。
どう見てもふつうの学生の姿ではないが、
本人はまったく気にせず、むしろ誇りを持っているかのように闊歩している。
学生の歩く楠の並木道はその高校の寮から学校までを一直線に結んでおり、
その生徒はどうやら寮から登校しているらしい。
しかし、どう考えても、遅刻である。
1、怪人
その学生は堂々と正門をくぐり、運動場を突っ切って、校舎へ入って行った。
門には、「私立ガルニエ学園高等学校」と書いてあった。
授業中ということで、校内には教師のこえ、
チョークが黒板をたたく音などが聞こえてくる。
学生は音もたてず、静かに3階へと階段を上った。
上りきったところでふいに足を止め、顔を歪ませた。
視線の先にあるのは、2年C組の教室である。
廊下の突き当たりにあるC組からは声が、何人もの声が聞こえてくる。
学生はため息を吐きながらC組の教室へ向かった。
ガラッ
教室のドアを開ける音で、クラスの全員がその学生のほうを振り向いた。
男子クラス独特の汗臭いにおいが学生の鼻をついた。
またしても顔をゆがめる。
そこで、教壇に立っている一人の男子生徒が声をかけた。
「陸、お前余裕で1時間以上遅刻じゃねえか。」
陸と呼ばれた仮面の学生は、苦笑いを浮かべ、
「この時間は体育じゃなかったのか?」
と言いながら自分の席―窓側の一番後ろ―にカバンを置いた。
体育じゃないなら遅刻する必要無かったのになど、呟いている。
「なんだ…?」
と、そこで、陸はクラスの雰囲気がいつもと違うことに気付いた。
全員が期待を込めた、とでも言うような目で陸をじっと見つめている。
陸が不思議に思って黒板をみると、
「陸」
という自分名前が書かれていた。
戸惑う陸に、教壇の生徒は笑顔で言う。
「決定したから、抗議は認めないからな。」
「ダロガ…、何が何だか意味がわからないが?」
ダロガと呼ばれた教壇の上の生徒は、ニヤリと笑った。
ダロガは陸とは対照的に色黒で、色素の薄い短髪であるが、
その目は独特の鋭さ、あるいは重さを持っている。
ダロガはまたしても笑顔で答える。
「10月の学園祭の話だよ、陸さん。
毎年、高2は女クラと合同の出し物って決まってるんだが、
内容はくじ引きで決めるんだ。
で、まあ学級委員の俺が引いてきたんだが、
C組は…“オペラ”になってしまって、」
陸は嫌な予感がして、首を横に振りながら視線をダロガからそらした。
しかしダロガは続ける。
「だから、オペラは陸に書いてもらうことにした。」
「…おい、」
陸は抗議しようとしたが、その声はクラス全員の拍手と喝采でかき消された。