渡辺は定刻どおりに私のアパートの前に車でやって来た。トヨタのハイブリッドだ。
てっきり葬儀場に行くものだと思って喪服を着込んで出てきた私に、
渡辺は一瞬きょとんとした表情を見せたが、それについては何も言わなかった。
平日の高速道路は空いていた。渡辺が口を開く。
「今から、秋成のお墓に行きます。」
「葬儀じゃないんですか。」
思わず出てしまった質問に、渡辺が答える。
「実は秋成が自殺したのは昨年のことです。でも遺書を見つけたのはつい最近でした。
遺書と言うよりも…メモのようなものですが。」
渡辺は運転が荒かった。
ハンドルを切って追い越し車線に入り、今まで前にいた初心者マークの軽自動車を抜いた。
私は高速道路を降りるまでこれ以上話しかけないことにした。
まず、私の心臓がもつかという問題だったのだ。
秋成家の墓は街全体を一望できる丘の上の墓地にあった。
私と渡辺は並んで墓に手を合わせた。
目を瞑り、渡辺がさぞ当たり前のように話す「秋成」という人物について思い出そうとした。
しかしどう頑張っても思い出せず、まぶたの裏に浮かぶのは昨日食べた水羊羹だった。
「上田さん、」
渡辺の声にはっと我に返り目を開く。丸い残像を振り払って渡辺を探すと、
こちらから少し降りたところにあるベンチに腰掛け、景色を眺めていた。
私もゆっくりとそのベンチに腰を下ろす。
「秋成はおかしな人間でした、」
前置きもなく渡辺が話し出した。
渡辺の口元には笑みがあり、昔を懐かしんでいるようだった。
渡辺は続ける。
「突然いなくなることなんて日常茶飯事でしたし、一度僕が警察署に彼女を迎えに行ったことさえありました。」
「だから、秋成が自殺をしたと聞いたとき、僕は特に驚きませんでした。
どうせいつもと同じ調子で死んだのだろう、って。
いつもそうなんです。”ちょっと行ってくる。”としか言わずに、平気で何年も姿をくらましたりしました。
あの人はきっと、”ちょっと死んでこよう”って気分だったんです。」
私にはこんなことを話しているこの渡辺だって十分におかしな人間だと思えた。
私が思い出せない人の墓に手を合わせることも、
こうやって雲ひとつ、音一つない青空の下で座っていることも、おかしなことに思えた。
渡辺は喋り続ける。
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