釈放後、師匠は毎日のように僕を家に呼びつけて、
部屋の整理などの様々な雑用を押しつけた。
そして、ある土曜日、師匠は突然あの「反省」をまた語りだした。
「あいつはさみしくないよ、仲間がいっぱいいるからさ。」
「仲間…?」
師匠は小さなテーブルに冷えた麦茶をついだコップを置いた。
僕の前でコップの中の氷がぴしっと音を立てた。
「うん。仲間。一緒に…泳ぐ仲間。」
僕は意味が分からず、とりあえず「はぁ。」と頷いた。
「水の中にいるんですか?」
「誰がー?」
「その、師匠の言う『あいつ』ですけど…。」
師匠は窓の外を見た。
隣は、このぼろアパートが足元にも及ばないような新しいマンションである。
「水というか…水?水って……なんだ?液体?それとも、水のこと?」
師匠の混乱は同時に僕の混乱も招いた。
この人と会話するには、読解力と忍耐力が一番必要なのだ。
「えーと、水です。リキッドじゃなくて、ウォーターです。」
師匠は僕の話を聞いてか聞かないでか、
ひとこと「暑い。」と言ってクーラーの電源を切った。矛盾している。
そして、居間の窓を全開にした。
「あいつはねぇ…自分からプールに飛び込んだものと同じさ。
自業自得だーっ!分かる?」
師匠はなびくカーテンをひとつにまとめながら笑った。
相変わらず僕は「はぁ。」と頷く。
「それ、仕事の話ですよね?」
「んー?」
師匠は落ち着きなく部屋の中をうろうろしていた。
団扇を取り出したり、冷凍庫から保冷剤を持ってきて頬にあてたりしていた。
「うん、仕事だね。20年前の。」
「そんな話、ありましたっけ?」
師匠は長い指で保冷剤をいじりながら、にやりと笑って、
「今、話してるじゃんか。」
と誤魔化す。僕も暑い。
「そろそろじらさずに教えてくださいよ。」
「えー…それじゃおもしろくないよ。」
師匠は不満そうに下をむいたまま口をとがらせた。
「十分ですってば。」
師匠はばっと保冷剤から顔をあげ、僕をまっすぐ見て、
「…君は興味があるのかないのか…わかんないね!」
と言ってうちわで僕の頭をぱんぱん叩いた。
そうして、今度はうちわの柄の先に自分のあごをのせて、
不服そうにごにょごにょと言った。
「うー…じゃあもういいよ、言うって。
私が」