梅雨が明けて、からっとした夏がやってきた。部屋の窓をすべて開けて風を待つ。
わずかな風が隣の公園の木々を揺らす音は聞こえても、なかなかこの部屋までは入ってこない。
しかしそれでもとりあえず、大きな窓の前に中古で手に入れた一人用のソファをおしてきて、座ってみる。
ついでに、目を閉じる。
汗がにじみ、もわあとした空気が身体中を包み込むのがわかる。
その嫌な空気が身体の上から下へ、ぐるぐる回る。外へ出ていく。また中へ。
そして、たまった空気が身体を火照らせる。
その空気には言葉がある。
罪悪感。
その一言が反響して空気と一緒に身体の中を回っている。
嫌な言葉だ。嫌な空気だ。
「ジジジジジ…」
玄関のチャイムが鳴り、秋成は我に返った。
Tシャツとジャージのハーフパンツに裸足というラフすぎる格好で、どたどたと騒がしく玄関へ向かう。
2階を迷惑そうに睨みつける大家の顔が浮かんだが、気にしないことにした。
「はい。どなたですか。」
勢いよく開いたドアに驚いた男が立っていた。
男は軽く会釈して、あいさつをした。
「こんにちは。おひさしぶりです、秋成さん。」
私は返答する代わりに「どうぞ。」と言って男を中へ入れた。
二人で麦茶を片手に向きあう形で座る。先に口を開いたのは先方だった。
「15年ぶりですね。お元気でしたか?」
私はうんとも言わず、麦茶を飲みほし、言い放つ。
「で、上田さん、用は何ですか。」
上田は苦笑いを浮かべながら、鞄から新聞を取り出し、テーブルに広げた。
「今朝の新聞です。ご存知ですか?」
上田はある記事を指さしていた。
「存知ないはずがないでしょう。」
ぶっきらぼうに答える。ニュースで報じられているのを今朝から嫌というほど見ている。
「どうするんです?」
「は?」
上田の深刻そうな顔の意味が分からなかった。しかし、誰もが言う台詞でもあった。
「どうするもなにも…死体が見つかりました、ってメディアが報じてるだけですけど。
何がそんなに不安なのです?」
上田と私には免疫という面で差が付いている。
「見つかったらどうするんです?」
「何が?」
私は上田の顔をじっと見る。表情が硬い。
「あなたが、です。」
「それは警察に、ということですか?」
上田は警察という言葉に少し反応したが、やがてゆっくり頷いた。
私はため息をつく。
「上田さん、あなたは一体私を誰だと思っているんですか?
たかがこんなことで捕まってたら、殺し屋なんて仕事できませんよ。」
「そりゃあ、そうですけど…。」
私は窓の外に目をやる。空き地にマンションがたちはじめている。
「とにかく、変に心配して行動した方が負けです。いいですか。」
上田はまだ納得のいっていない顔で頷いた。
「じゃあ、今日はお帰りください。」
上田は私の言葉に焦った。
「そんな…僕は今日あなたにいろいろと聞きたくてここへ来たんです。まだ何も聞けていない!」
私は既に上田を玄関まで連れてきていた。
釘をさすように言う。
「上田さん、いいですか。何年たとうが、私はあなたには何も話せません。
そういう決まりなんです。新聞やテレビのニュースで自分でじっくり考えてください。」
負けじと上田も顔をしかめる。
「しかし、」
「上田さん。変に動いて捕まるのは、私じゃなくて上田さんですからね。
私はあの人とはなんの相関関係もないんですから。」
この脅しが効いたらしく、上田は反論するのをやめて、「わかりましたよ。」と言って靴を履き始めた。
ドアノブに手をかけ、諦めた顔で、振り返る。
「でも、安心しました。あなたがそこまで強気なら、大丈夫ですね。
おじゃましました。では、」
私はハイハイ、と適当にながして、見送る。
そして出ていく上田の背中に、私は尋ねた。
「上田さん、以前より若く見えますよ?」
上田は一瞬ぽかんとして、自分の服装を改めて見回し、笑顔で言った。
「ああ、離婚したんです。」
「え?」
あっけにとられた私をよそに、上田は出て行った。
2分後。
なぜ連れ戻されたのか意味が分からないという顔の上田が部屋に座っていた。